不定期連載 bikke's essay 第4回

傘どろぼう


ときは今頃、やはり雨の春まぢかでした。
母がひとり入院する病室へ、私は毎日通っておりました。

その十何年も前、母が元気な頃に結婚する私に持たせてくれた一本の傘がありました。

表地は紺色で、裏は灰銀色にいちめん赤い薔薇の花模様という気恥ずかしい立派な傘で、
柄は籐で出来ていて、まだうら若い当時の私にはなんとも持ちにくいものです。

その数年前まで私は町田(町蔵、現・町田康)くんとバンドをしていたのですから、そのような傘など
思いもよりません。でも母は臆面もなく、それを差し出したのです。
行く娘に、買える嫁入り道具は立派なものをと両親は思ったのでしょう。

私は長い長い間、その傘を使いませんでした。
結婚してた間も、それから後も、長い間、一度の出番もない傘でした。

母が二度目に倒れて入院しだしたとき、私は四十路になっておりました。
持ってた傘がひんまがっちゃったこともあり、ふと思い出した嫁入り道具の傘を
「いまなら持てる」と思ったのです。

結婚当初、寒い雨の日には母の用意したバーバリーのトレンチコートを着て、
籐の柄のその傘を持とうと思ったけれど、派手で、大げさで、若い女の子には
不釣り合いなその傘は、着物もしまったまんまの私には、来る年も来る年も
出番のない困った代物であるだけでした。

雨の春まぢか、私は似合わぬ服装で母のくれたその傘を初めてさしてみました。
ひらくと、ぱんと広がるその傘は、大きく、上等な生地で出来ているので
どんなに強い雨も防いでくれ、裏地のいちめんの赤い薔薇の花は、
大昔にお嬢さんだった若き日の母の面影を見るようで、四十路の私も華やぐような
照れくささで、気づくととっても大好きになっていました。

これからはこの傘を大切に大切にしよう、母の形見になるのだろうからと
私は思いました。ひろげた傘を閉じ、くるくると巻くと、細巻きの美しい姿になり、
高価な物を持たない私の自慢の傘になりました。

ある日も母の病室を訪ね、急いで仕事にもどる帰り、傘を忘れてきたことに気づきました。
個室だし、後でいいやと仕事を済ませ、もう一度もどった時には、その傘はもうありませんでした。
確かに私が立てかけておいた場所には、もう傘はありませんでした。

窓をつたう雨の音と、寝入る母の姿、人気のない廊下、傘はどこかへ消えていました。

一瞬、詰め所に訊きにいこうかと思い、すぐにやめようと思いました。
傘は誰か婦人の手にわたり、まだ寒い春前の雨の道を家へと急いでいるのだろうかと想像してみました。

ちいさくかぼそく、人の手を借りなければ起きることも出来ない母のそばで、
誰かの手が傘の柄を握り、病室の扉を開け、閉め、永遠に去って行ったのだ、と私は思いました。

不思議に悔しいとも思いませんでした。

真っ白な髪のおとなしい老女のちいさな部屋にあったその傘は、
そのひとの目にいつから映っていたのでしょうか。
なにかを盗もうとして扉を開け、目についたその傘をす早く手にしたのでしょうか。

雨の音とともに、永遠に母と私のもとから去っていった傘。

私は今でも、ひらく瞬間のぱんという音、こぼれるような赤い薔薇の花々、
それを買ったときの母の気持ち、長い間持つことのなかった私の気持ちを、
あざやかに思い出すことができるのです。